一宮市三岸節子記念美術館

ICHINOMIYA CITY MEMORIAL ART MUSEUM of SETSUKO MIGISHI

コレクション展(常設展)

いろ・イロ・色!

淡く華麗な色彩から出発し、歳を重ねるごとに重厚な色調を成熟させた三岸節子。生涯を通じて色彩画家(カラリスト)であった節子の画業を、時期やモチーフごとに紹介し、色彩の変遷と飽くなき追求をご覧いただきます。

会期 2018年6月30日(土) - 9月30日(日)
会場 1階 常設展示室
開催時間 午前9時から午後5時まで(入館は4時30分まで)
休館日 月曜日(祝祭日・振替休日の場合、その翌日) / 祝日の翌日(土曜・日曜日の場合、開館)
観覧料 8月30日(土) - 8月19日(日) 一般 800円 / 高大生 400円 / 中学生以下無料(特別展観覧料に含む)
8月21日(火) - 9月30日(日) 一般 320円 / 高大生 210円 / 小中生 110円(8/31(金)までは中学生以下無料)
※20名以上の団体は2割引

初期の静物画に見る色彩

鳥と琴を弾く埴輪

1924(大正13)年、19歳で三岸好太郎と結婚し、3人の子をもうけた節子。生まれつき足が不自由な上、育児・家事に追われる毎日だったため、40歳代半ばまでの作品は、室内で制作された静物画が大半を占めています。この頃はアトリエの中の身近なモチーフに慰めを求め、愛情を注ぐように色彩を配置しました。
初期の頃は印象派への憧れから、華麗ながらも淡い色彩世界を描いた節子でしたが(《静物》(No.3)、《静物》(No.4))、次第にモチーフに生活の匂いを染み込ませるかのように、深い陰影と渋みのある暖色系の色面を見せるようになります。1950年頃には、オーレオリン(コバルトイエロー)に少しの赤を混ぜ、黄金のような柔らかな雰囲気を演出することに色彩の歓びを見出します。(《かれい》(No.5))
1954(昭和29)年、49歳の節子は憧れのフランスに初めて渡りますが、それがかえって「日本人は日本人の絵を描かなければならない」と気づくきっかけにもなりました。翌年帰国してからは、素焼きの壷や埴輪など、日本の原始的で素朴な造形美に画題を求め、深みのある暖色系の色調とみごとな調和を見せます。(《盾を持った武士》(No.6)、《鳥と琴を弾く埴輪》(No.7))

軽井沢、大磯へ

火の山にて飛ぶ鳥(軽井沢山荘にて)[

帰国後、1957(昭和32)年からは軽井沢の山荘にひとり籠り、制作に没頭します。孤独・沈黙の日々は苦しい試練の連続でもあり、この頃描かれた連作では、異形の鳥が紅蓮の炎に身を焦がすさまや、冷たい青の静寂に沈みゆくさまなど、精神的な苦悶が色調に生々しく表れています。(《火の山にて飛ぶ鳥(軽井沢山荘にて)》(No.8)、《飛ぶ鳥(火の山にて)》(No.9))
1964(昭和39)年、かつて見た南フランスに似た陽光を求め、色彩が豊かに輝く神奈川県大磯町の丘陵地にアトリエ付の家を建て、転居します。アトリエ完成までの間に描いた《とうもろこしと魚》(No.10)では、新境地を予感させるような、鮮やかで清々しい色遣いをすでに見せています。
大磯で、節子は風景画家としての第一歩を踏み出します。もともと静物の画家であり、日本の風景をモチーフにすることはほとんどなかった節子でしたが、フランスでの滞在をきっかけに風景画への情熱が芽生えました。大磯では、海と山、さんさんと輝く太陽をモチーフに、あらたな連作を生み出しています。

風景画に見る色彩

アルカディアの赤い屋根(ガヂスにて)

風景画家として歩みを進めた節子は、以前見た異国の情景が忘れられず、1968(昭和43)年、長男・黄太郎一家とともに二度目の渡仏を果たします。色彩画家の節子は、風景画にも優れた色彩感覚を発揮します。陽光に照らされた南フランス(《ニースのプロムナーデサングレ》(No.11)、《カーニュ風景》(No.12))、白い壁、素焼きの赤い屋根、抜けるように青い空のコントラストが印象的な南スペイン(《アルカディアの赤い屋根(ガヂスにて)》(No.16))、「これほど色彩のある処はなく、これほどロマンチックな処はない」と言わしめた、ヴェネチアン・レッドが詩情をもたらす街、ヴェネチア(《大運河にて》(No.17)、《小運河の家(1)》(No.18))。20年を超えるヨーロッパでの制作活動において、大胆な構図と重厚な色彩により、節子独自の風景画を築き上げました。

花に見る色彩

白い花(ヴェロンにて)

節子は生涯を通じて花を描き続けました。20歳の頃、初出品ながら女性初の入選を果たした第3回春陽会展では、《自画像》(No.1)のほかに山茶花(さざんか)を描いた作品を出品しています。また、80歳を過ぎてなお、「生涯で自信のもてる花一枚が描ければと思っている」(注1)と、花の作品に対する飽くなき追求心を見せています。ある作品について語った「黄色の花に朱のバック、右端の茶色のガラスの壷にはたっぷり水を張りましょう。」(注2)の言葉からは、花と背景、花瓶との色彩の組み合わせを、試行錯誤しながらも楽しむ様子が見て取れます。
「節子の赤」と言われたほど、赤に象徴される節子。赤が好きで、「赤い花、赤い風景ならわりと自由に描ける」と自信をのぞかせる一方、花の中では白が一番好きと語り、白い花については「ごまかしがきかず、大変難しい」とも述べています。


(注1)米倉守「余白を語る」『朝日新聞』、1989年8月11日
(注2)三岸節子「花譜12ヶ月」『ミセス』、1978年1月号、文化出版局